【橋下徹研究】(産経WEBから引用しています。)
第4部 どこまで言って委員会(1) デビューは深夜ラジオ
■タレント時代 デビューは深夜ラジオ
「知事の発言が日増しに過激になっている」…。
大阪府の橋下徹知事(39)に近い幹部はため息交じりにつぶやいた。
度重なる朝日新聞や教育関係者への批判にとどまらず、
11月には賃上げを要求する職員組合に対し「こんな要望書、
東大阪の中小企業の前で読み上げたら笑われますよ」と言い放った。
ただ、この幹部は「過激さ」そのものを問題視しているのではない。
むしろ、発言に対して受け手の反応がにぶくなり始めていることを
憂慮している。
「新聞などの扱いも以前に比べて小さくなった。知事の性格から
すればあまり面白くはないはずで『過激さ』を演出しようとするあまり、
発言にブレーキがかからなくなるのではないか、そこが心配なんです」
タレント時代、数々の“問題発言”で番組を降板したり、訴訟に
発展したりしたこともある橋下。テレビ局関係者には「橋下さんは
制作者の意図を理解し、計算ずくで発言していた」と話す人がいる
一方で、「サービス精神が旺盛で、言い過ぎと思えることもあった」と
証言する人もいる。
むろん立場は大きく変わったものの、コメンテーター出身の橋下の
中では「言葉」の持つ影響力と怖さが常に同居しているのかもしれない。
それは、橋下のタレントとしての地位を不動のものにした読売テレビ系
番組のタイトル『たかじんのそこまで言って委員会』になぞらえれば、
「タレントとしてならどこまで言っていいのか」「知事としてはどこまでか」と
いう葛藤(かっとう)でもある。
× × ×
「とても素人とは思えなかった。アガリもせず、気張りもせず、
そのうえ、言葉に力があるなという印象を受けた」。平成12年6月、
弁護士4年目の橋下が初めてコメンテーターとして出演した番組を
担当した毎日放送ディレクター、
井口岳洋(39)=現東京支社テレビ制作部副部長=は振り返る。
意外にも思えるが、橋下の“デビュー”はテレビではなくラジオの深夜放送。
大阪の劇団「南河内万歳一座」の座長、内藤裕敬(48)がパーソナリティーを
務める「×××(クスクスクス)」という生番組で、当時世間を騒がせていた
「17歳の犯罪」をテーマに約3時間のトークを繰り広げた。
内藤は「橋下さんは『キレる17歳とか言うけど、僕らも同じだったし、
昔と変わっていない。問題なのは家庭や社会の在り方だ』と繰り返し訴えた。
法律論が先に立つ弁護士のイメージを覆すような迫力に、何度もうなずかされた」。
ただ、後に「サングラスに茶髪の弁護士」としてメディアの寵児(ちょうじ)と
なっていく橋下も、当初は井口の出演依頼をこう言って断ったという。
「僕、マスコミって嫌いなんですよ。スーツとか着てない人がほとんどでしょ。
失礼な人が多いような気がして苦手なんです」
× × ×
実は井口は、大阪府立北野高校ラグビー部で橋下の先輩だった。
深夜番組への出演を快諾してくれる弁護士がなかなか見つからず、
苦肉の策として後輩の名が浮かんだのだという。
大阪・北新地の鉄板焼き店で橋下を口説いた井口は「もちろんスーツは
着ていきましたが、先輩として半ば強制的に承諾させたような感じ。ただ、
昔から弁が立つヤツだったけど、あそこまでとは思わなかった。
すごい逸材が身近に隠れていたなと思った」。
番組の最後に「どうすれば少年犯罪は減らせるか」と問われた橋下。
そのコメントも、とてもラジオ初出演とは思えず、スタッフらをうならせた。
3時間の長丁場のエンディングにふさわしく、パーソナリティーの内藤の
立場にも気を使いながら橋下はこう切り返したという。
「今の世の中、感動が少ないんですよ。だからこそね、内藤さんには
少年たちを感動させるようないい芝居を書いていただきたいんですよね。
本日はどうもありがとうございました」
名前と顔を売り、知事に上り詰めた男の“サクセスストーリー”の始まりだった。
◇
弁護士とコメンテーター。言葉を大切にしなくてはならない2つの仕事で
成功した橋下。その経験は現在の仕事にどのような影響を与えているのか。
知事のタレント時代に焦点をあてる。=敬称略
- 2008/11/05(水) 22:08:55|
- 橋下徹研究
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0